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zoom RSS 挫かれてゆくものと再生する森

<<   作成日時 : 2006/08/23 15:45   >>

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シクラメンが枯れた。

小さい頃、世界もまだ小さくて、でも確実に私の手の中で守れるものがあった。
風にゆれるたんぽぽの綿毛。
お祭りの名残の金魚。
ちいさなひみつ。

大きくなって、世界も広がっていって、それでもそれが自分もなにかが出来るという思いを抱いていた。
戦争のない世界。
環境の浄化。
果てしない宇宙への旅。

小さな頃、小さいがゆえに守れなかったものは、いまでも守り抜くことがとても難しい。
みえてしまう大きなものはなおさら守れず、戦うことも選ぶことすらためらってしまう。
誰もがわかる、大きな悪。
世の中で常識と呼ばれるゆがんだ現実。
食いつぶされていく世界。

無力の前に私たちは、自らの安寧がため、目を背けることばかりうまくなっていく。
後悔すらも握りつぶしつぶやく。
「お前がなにをしたって何にもかわりはしない。」
「一人の力でなにができる」
「誰かがやればいいこと」

でも本当にそうなのか。
毎日毎日小さな努力を積み重ねる人々の行為は、かなわなければ無意味なのか。
なにかを変えようと、日々思うことは何一つ変えることはできないのか。

砂漠にただ種をまき続けても、緑の森となることはない。
けれど、砂漠の砂に、森をはぐくむ力を与えてやることができれば。
長い時間をかけてでも、それは現実となっていくだろう。

安寧な日々は、変革を求める心をそいでゆく。
変革がために死にゆく人々の姿は、勇気をうばっていく。
私たちの心は日々くじかれて、それでも生きようとする雑草みたいだ。

長い時間をかけて泥の川に清流がもどってくる。
長い時間をかけて砂の大地に緑の森がもどってくる。
それは、夢ではなく人の力でかなえられていく現実。

ちいさな命すらまもれない、こんな私の手でもなにか変えられるだろうか。
私がまいたうたの種が、心の砂漠に森を取り戻す一助となるだろうか。
でも、ここにいる私からうたが生まれること、それが無意味でないことを信じたい。
そしていつか、長い時間を経たあとでいい。
そこに緑の豊かな森がもどってきますように。


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