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zoom RSS 再生のにおい

<<   作成日時 : 2006/10/24 18:32   >>

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会社の窓から、「軍艦ビル」とよばれているというビルがみえる。

他のビルたちから群を抜いて大きなそのビルの一つ一つの窓は、
カメラのファインダくらい小さくて。

その小さな窓の中で、人々が動く姿がみえる。
うちと同じようなオフィスで、毎日毎日働いている人々がみえる。

家の窓からは、遠くに大きなマンションがみえる。
私の家の周りは下町であまり大きな建物が無いから、とてもよくみえる。

むかし理科の実験で作ったプレパラートを作るときに使った
薄い薄いガラスのような窓から、色とりどりの光が漏れている。

つめたい雪みたいな蛍光灯のひかり。

壁に映った暖炉の炎のような、白熱球のひかり。

血のように赤い、カーテンの色

空白、のように真っ暗な部屋。

その一つ一つに、人が生活をいとなんでいる。

私の日々、うつりゆく心もちを受け止めてくれているこの部屋のように。

小さな部屋の集合体が、人の住むまち。
乱立するビルは、無節操に広がる蜂の巣みたい。

ばらばらのかたちで、ばらばらの生活で。
小さな空間を区切って、私たちは私たちの空間でいきている。

まだ小さな頃、小学校をうつした航空写真をみて、
緑に埋もれるようにある、自分たちの生活のはかなさを思った。

東京にきて、隙間無くうめられた人々の暮らしを思うと、
あの頃よりなんだか切なく苦しい気持ちになる。

神戸のまちは、東京に比べれば密度もうすく、小さなまちだけど、
ひとが世界のなかのほんの小さな空間で
つつましくいとなむ日々の大切さをしっている。

壊れた家しか見えない、廃墟のようなまちと見つからない人を探す声
焼け跡にかすかに残る家々の区画の、おどろくほどの小ささや失われたものの空白
それは、ふいににおいのようによみがえる。

たとえば、映画のように飛行機が突っ込んで崩れ落ちた9.11のビル
それをテレビの小さな画面で見ていた私は、
その小さな窓々の中で日常を生きていたはずのたくさんの人々を思ったとき。
なにかが嵐のように私の中をつきぬけていった。

親と呼べる人がいて、ちゃんと話ができたり、一緒にすごした思い出があったり。
毎日くだらないことで笑える友達がいたり、帰る家があったり。

あたりまえのように、毎日を過ごせることは本当に大切。

小さなガラスのような窓の中にいる人々が、とても愛しい。
何のつながりも無いけれど、ここも私の日常だから。

なくしたものは二度と還ってこないかもしれない。
でもながいながい時間の中で、もういちど生まれてくるものはきっとある。
壊れてしまった神戸のまちが、私のなかに残していったものは、
喪失のにおいだけじゃなく、再生の芽吹くにおい。
春先の公園にたちこめる、臭くて力強いにおいだ。

神戸の街が、ちゃんと生きかえっていったように。
人々が、傷があってもちゃんと笑えるようになっていったように。

いつか大きな地震が東京にもまた来るらしい。
また、私たちの日常は壊れてしまうだろう。
出来るだけ、ひとやまちが傷つきませんように。
祈りつつも信じている。
今なおどこかで、傷ついたものたちがよみがえりゆくように、
いつかきたそのときには、私たちもそうであるようにと。

*中越地震からの復興を願って*
 

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