うたかたの蔭にて-ユグラシアblog-

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zoom RSS ギョエン。

<<   作成日時 : 2006/10/22 14:36   >>

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たとえば、緑のインクとか。
タバコのたくさん押し込まれた琥珀色の液体や花火の残骸から滲むピンクの水。
瓶にたまった桜貝みたいな色の錠剤。

死ぬための道具は、たくさん街中にちらばってるけど、そんなにみんな死なない。

なんで生きてるの。
そんなことを聞いてみてもきっと一様に困ったように笑うだろう。

もしかしたら、「死にたくない」から、とかちょっと考えて何かをちゃんと答えてくれる人もいるかもしれない。

ただ生きてる。

そんなことが申し訳ないようで、ただ生きてるもの代表樹木にちょっと聞きに行ってみた。

国立競技場で降りて少し歩く。

近道より、まわり道が好き。

新宿御苑。

別にそうじゃなくても、よかった。

近くの恩賜公園でも離宮公園でもよかったんだけど、あの圧倒的な生命力みたいなものを放つ樹々に惹かれていたから。

東京にはなんでこんなに大きな公園がおおいんだろう。

一年少し前に神戸からやってきた私には今でもよくわからない。

秋に浸された、都会の森は夏のようなむせかえる緑の気配はないけれど、それでも耳を澄ますと呼吸のようにさやぎあう音が、聞こえる。

耳をふさがなくても都会の騒音からは遠い。
狗飼恭子の「南国再見」をふと思い出して、読み返したくなったから、熱帯植物園には入らなかった。

ただ、葉を合理的に広げた樹を見上げて、考えていた。

鎧のような樹皮に触れてみると、その割れ目に虫が絶えず出入りしていたり、穴があったり、意外と無防備で、どことなく温度がある。

与えられた水と二酸化炭素を吸い、光をあびて酸素を吐き出し、ただ、育っているように見える樹は、開かれた命としてあった。

そういえば、旅した北の大地でも湖を見にいったはずなのに、それ以上にくちはてた樹ばかりを撮していた。

くちた樹から育っていく新しい命を撮していた。

あの時にはちゃんと、言葉にしなくても、私の命はわかっていたのにな。

御苑まできて、確かめなければならないなんて、何とも不自由な脳だ。

開かれた、誰かのためにもある命。
死してなお、誰かのためにある命。

生まれ変わったら、私も樹になりたい。

ちゃんと土に還っていきたい。

もし他の星に産まれたら、また考えるけど。

こんなにいい天気だし、日曜日だから、電車に飛込んでも怒るサラリーマンは少ないだろうけど、とりあえずやめよう。

大切にしたい人にとって、いつか何かを与えられるひらかれた命になってみるのも悪くないなぁ。

暑くない。

寒くもない。

樹のたてる音が聞こえる。

故郷の山をうめつくしていた、不気味な大合唱とは違う、繊細で優しいうたが聞こえる。

平和。

多分これも、ひとつの幸せ。

今、なにしてるかな。
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