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zoom RSS ゆらぎ、宇宙

<<   作成日時 : 2006/12/12 11:00   >>

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 私がよくねむれる薬をもらっているお医者さんは、もう私をみて一年半になる。
私は、まだ大切なことも、本当のことも何も伝えられない。

眠れない、世界の悲しみに押しつぶされそうだ。
そんな始まりには、先生の?マークがカルテの上にたくさん並んでいた。

やがて、少しずつ昔の話を始めて、
現実的な私の直面している問題に向かい合う方向に先生は誘導していった。

なんとなく、うまくいきかけていた時があって、
薬が減って、
先生のカルテにはおおらかな文字
で安定、上向きと書いていた。

でも、ある日突然
悲しみに形がなくなった。
生気も食欲も意欲も、感じられない状態。
カルテに毎週「死にたい」と並ぶ日々。
先生の文字は書きなぐったように、尖っていた。

今は少しましだ、けど「死にたい」とおもう程の痛みはまだ私をさいなんでいる。
形のない悲しみが、雪のようにふりつもり、のしかかってくる。
重くて、ねむれない。

別に社会的に追い詰められているわけではないし、
死んで償うべき罪にも、まだ猶予は残されている。
先生は、「自分の嫌いなところをあげてみなさい」という。
私は、答えられなかった。

今、楽しいことも、絶望することも放棄しているのに
死にたい気持ちがきえない。
その気持ちはつよくよわく、常に揺らいでいる。

どうして、私は私を消してしまいたいほど憎んでいるんだろう。
ずっとずっとそんな風に考えて、何も思いつかないから
思いつく自分を挙げてみた。

男に負けずにばりばり働いている自分→かっこいい。
ちょっとさみしいけど自由気ままな一人暮らし→悪くない。
上司に媚びない、会社の理屈より自分の正義→それでよし。
ちょっとしたことに傷つく感受性→それがなくては歌えない。
がんばって笑顔でいようとする、やさしさを持ちたいと思う→思う。

なんだか、とってもがんばってる自分になきそうです。
結構ナルシストになりそうだけど、ふと気づく。
私は、私に誇れるくらいがんばっているけど、
私はそんな私になにをしてあげられただろう。

小さい頃から褒めてもらったことがなかった。
褒めてもらいたくて、100点を取り、成績を上げ
作文で入賞し、水泳で優勝した。
でも、誰も褒めてくれなくて、私も浅ましい自分を褒めることがなかった。

だから、こんなところまで来て、こんなくだらないことに気づく。
私が嫌いなのは、私ではなく、私に優しくなくて見捨ててしまった私だ。
一生懸命で、がんばっても自分でさえも何も認めてあげない。
くだらない自分のボールの中で波を繰り返していたみたいだ。

だから最近は少しだけ、自分を褒めてみたりする。
あんまり実況中継できるものではないけれど。
そして、好きな歌を眠る前に歌う。
歌ってもらえなかった子守唄のように。

そして眠る前には、宇宙のことを考える。
どこまでも夜で、一瞬も休まず揺らぐ宇宙を。
そして、そこに誰しもが包まれていることの平安を。
宇宙という大きな腕に包まれている安堵は、
少し私の眠りを深めてくれている。

ゆらぎながらゆらぎながら、進んではいっているみたい。
そういえはユグラシアの語源にはゆらぐ、という言葉もふくまれていたり。

最近、バンドにすこし大きな動きがありました。
それは、また後日。

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