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zoom RSS 赤い月の物語

<<   作成日時 : 2006/12/19 12:07   >>

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小浦昇という銅版画家の作品を通りすがりにみたのは、かなり前。
そのうつくしく繊細な青の世界に、東京の人の海の中、呼吸を忘れた。

彼の本を最近手に入れた。
青い月の物語と赤い月の物語、二つ並んだ本のどちらを選ぶなんて、迷うまでもないことだった、はずなのに。
私の枕元には赤い月の本がたたずんでいる。

赤い色は、嫌いだった。
特に幼い頃は。

真っ赤な嘘という言葉の通り、赤は嘘の色だった。
先生が上手といってほめそやす絵の太陽。
ご飯の色まで染め替えたお弁当の赤いウインナー。
私の手をつねりながら笑っていた母の唇。
全部、嘘。

でも、惹きつける。
目を離せない傷口のように。
手のひらの下で知らずに殺してしまった赤虫のように。
毒々しくて、真実を隠した怖いものだった。

赤い月。
大切にしていた兎が死んでしまった夜も、約束のように昇ったその赤。
憎くて、それでも目を離すことを許さない赤。

なのに、この本はそんな私の気持ちをあっさりと奪い去ってしまった。

この中にそんな憎しみはかけらほどもなかったから。
小浦昇自身が言っていた。
赤い月は不吉なイメージが付きまといがちだから、あえてそうでないものを選んだのだと。

添えられているのは、希望の言葉。
誰かへの温かい愛情であったり、祈りであったり。
願いや救いみたいな、およそ赤い月に付きまとっていたイメージとは程遠いもの。
でも、私の心の中にもちゃんとある言葉たち。

それが、陳腐なものでなく何か大切なもののように響くのは
赤い月ばかり入り込んだ、繊細な赤い銅版画のせいだ。

あたたかくて、懐かしい何かが胸の底で音をたてて湧いてくる。
素直になれない子供の涙みたいに、痛くてでもどこかでほっとする感じ。

不安でも、不吉でもない月は、そこにあって静かに存在を示している。
優しい、ぬくもりがある。
夕暮れ時の、帰郷感のようにつつみこむ切ないぬくもり。

腐食液の中、作者の手の触れられないところで変化していく銅版画の手法の中で、
小浦昇がどうしても失うまい失うまいとして守ったから、
そのぬくもりは、私の心にこれほどにしみてくるのだろう。

酸の中腐食していく銅。
まるで朽ちていく時を再現しているかのような、
繊細な作業の先に生まれる作品にはどこか遠い懐かしさが宿っている。
時としてその尖ったような線が他との交わりを拒むような作品が多い中、
小浦昇の銅版画は、私の中でとても特別だ。

今、枕元におかれた赤い本は、
穏やかな光を放ちながら、ぬくもりに満ちた月のまなざしで
私の眠りを見守っている。
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